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東京地方裁判所 昭和27年(ヨ)4068号 決定 1953年7月07日

申請人 増田好一

被申請人 共同印刷株式会社外一名

主文

申請人の申請をいずれも却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

理由

第一申請の趣旨

(一)  被申請人学校法人印刷工芸高等学校に対し、

印刷工芸高等学校校長日下部亀次郎が昭和二十六年八月十五日申請人に対してなした退学処分の効力を停止する。

(二)  被申請人共同印刷株式会社に対し、

被申請人共同印刷株式会社が昭和二十六年十月二十七日申請人に対してなした解雇の意思表示の効力を停止する。

仮に被申請人共同印刷株式会社に対する右申請が容れられないときは、

被申請人共同印刷株式会社は、申請人に対し、印刷工芸高等学校の他の生徒と同一の待遇を仮に与えなければならない。

との仮処分を求める。

第二当裁判所の判断の要旨

一、被申請人共同印刷株式会社(以下会社と略称する)は、肩書地において印刷及出版を業とする株式会社であり被申請人学校法人印刷工芸高等学校は、「教育基本法及び学校教育法に従い、勤労青年に対し高等普通教育を施して、より高い学力を習得させて印刷技術に関する専門的知識を授け、これが技術を練磨して、品位高く教育深い優秀な印刷技術者を養成する事」を目的として設立された、私立学校法による学校法人であつて、右の目的を達成するため、印刷工芸高等学校(以下学校と略称する)を設置し、これを管理している。

申請人は、昭和二十四年四月十六日右印刷工芸高等学校に入学しその第三学年に在学していたところ、学校長日下部亀次郎は昭和二十六年八月十五日申請人に対し退学処分に付する旨通告した。また申請人は学校入学以来、被申請人会社で作業に従事していたのであるが、被申請人会社も右退学処分と同時に、申請人に対しその就労を拒否する旨通告し、同年十月二十七日には、従来実習手当名義で申請人に支給せられていた金員の支払をも、最終的に拒否するに至つた。

以上の事実は被申請人も争わぬところである。

二、申請人と被申請人会社との間の雇用関係の存否

申請人は、学校が会社または申請人の代理人となつて、申請人をその入学と同時に会社に雇用したものであつて、会社は前記十月二十七日の実習手当支払拒否によつて申請人に対し解雇の意思表示をしたものであると主張して、右解雇の効力を争うのに対し、被申請人は、会社は学校の委託により申請人を生徒として会社で実習させていたというだけで、申請人との間に何ら雇用関係は存在しないと主張するので、先ずこの点について判断する。

疎明によればつぎのような事実が認められる。

印刷工芸高等学校は、大正十一年被申請人会社が創立したもので、当初精美堂印刷学校と称し、戦前は青年学校令による青年学校として被申請人会社に附属していたが、昭和二十三年三月三十一日財団法人の管理に移されて会社から独立し、同時に校名を印刷工芸高等学校と改称した。更に昭和二十六年三月一日に至り、私立学校法により学校法人印刷工芸高等学校が設立せられ、学校の管理は右学校法人に移管せられて現在に至つた。

学校は前記のように、勤労青年に対し高等普通教育を施すと共に印刷技術の専門的知識を与え、優れた印刷技術者を養成することを目的として設置せられたのであるが、右の目的のもとに「働きつつ学ぶ」ことを教育の理想とし、生徒には学科の教授以外に、全員を後に述べるように実習科目として被申請人会社で印刷作業に従事させ、その反面実習手当名義で、毎月相当の金員が生徒に支給せられるほか、全生徒を寄宿舎に収容して住居及食事を学校が保障し、授業料等も全く徴収しない。従つて学校の経費は大部分会社の寄附に依存している。

学校は毎年三月入学志望者の中から、所定の学力試験身体検査等を経て合格者を選定し、四月の新学年から生徒として入学させるのであるが、だれを入学させるかについては会社は全く関与せず学校から入学を許可した者の氏名を会社に通告するにすぎない。

学校の教授総時間数は四学年を通じ、三千八百五十時間百十単位と定められ、その中七百時間二十単位が印刷実習科目と定められているが、実際には実習の行われる時間は更に多く、生徒の日課は午前七時から八時まで及び午後四時から七時までの計約四時間学科の授業をうけ、午前八時から午後四時まで八時間(内休憩一時間)は実習科目として被申請人会社工場で作業に従事している。

つぎに右にいう実習の内容はつぎのとおりである。

生徒は入学後約十日間工場内を見学し、工場の幹部から印刷作業の概略につき説明をうけた後、更に約十名宛の班に分れて三ケ月の間交代で工場各課を見学する。右見学終了後、生徒の希望、その技能、職場の事情等を考慮して、学校と会社で協議の上生徒を配属する職場を決定し、生徒は爾後卒業まで概ね同一の職場で作業に従事する。生徒の作業の指導については、一般の職場では主として会社の係長等職場の主任者が実際の作業を通じて指導し、右の指導担当者が生徒の実習成績を採点して学校に報告する。ただし約三十名の生徒が作業に従事している平版第七印刷課では特に指導員をおいて生徒の指導を行つている。なお全般的には校長始め学校の教員が時折生徒のいる職場を巡視し、作業の状況を視察している。

生徒の始業及退業時刻、作業時間は一般従業員と全く同一でありその間従業員同様会社職制の指示に従い、会社諸規則に則つて労務に従事し、そのほか欠勤休暇等の手続についても一般従業員とほぼ同様の取扱いがなされている。しかし、生徒の出勤退社については学校がこれを記録管理しており、また修学旅行等学校の行事のある場合は、生徒は当然作業に従事しないこととなつている。残業については建前としては生徒にはなるべく行わせないこととされているが、実際には会社の作業上必要のあるときは、校長の許可を得て夜間の授業終了後残業を実施している。しかし一般従業員より残業の量はかなり少い。

つぎに生徒に対しては毎月定額の金員が支給されているが、その額は会社の同年齢、同一経験年数の一般従業員の給与に準じて算出し、これから生徒の寮費食費等を差引いたものであり、会社は毎月学校から生徒の出勤状況について報告をうけ、これに基いて生徒各人につきその額を計算して学校に支払い、学校から生徒にこれを支給している。(ただし税金見返金は会社から直接生徒に渡されている。)従つて右実習手当の額も結局会社と従業員組合との間で協定する給与基準によつて定まることとなる。そして生徒はすべて従業員組合に加入し、組合員としての権利を認められている。

生徒が学校を卒業した場合、引き続き会社で働くかどうかは生徒の自由であるが、実際にはすべての生徒が引き続き働くことを希望する。その場合の手続としては、卒業と同時に学校から公共職業安定所に卒業者の氏名を報告し、同時に卒業生各自からも求職票を掲出して安定所から会社に紹介して貰い、その結果会社が卒業生に履歴書、戸籍謄本等を提出させ、その学業成績、特に実習の成績を考慮し、組合及学校の代表者と協議の上各人の給与額を決定し、これを記載した採用辞令を交付して正式採用の手続をとることとなつている。なお一般の従業員の採用の場合は、就職希望者に対し試験を行つた上、二ケ月間の試用期間をおき、右期間中その適性を審査した後、始めて本採用を決定し、採用辞令を交付する。

生徒が卒業前に中途退学その他により生徒の身分を失つたときは、会社は爾後その生徒を作業に従事させないこととなつており、引き続き就労させた例は全然ない。その場合会社は従来退学した生徒に対し、餞別金名義の金員を交付しているが、従業員について定められている退職手当を交付したことはない。なお学校を卒業した後引き続いて会社で働いていたものが、退職した場合は、生徒の期間をも勤務年限中に通算して退職金を計算して支払つている。

以上のように認められる。

右に認定したように、生徒は毎日一般従業員と同様、被申請人会社の一定の職場で会社職制の指示のもとに作業に従事し、始業及退業時刻、作業時間なども一般従業員と異るところなく、一般従業員並の給与をうけ、従業員組合に加入して組合員としての権利を認められている点などから考えると、名は実習であつても、その実一般従業員と同様会社に雇われているように見える点もないではない。

しかし、前記のように、会社は一般従業員の採用に当つては、試用期間までおき、慎重な手続を経て採用を決定しているに拘らず、入学者の選定は学校が自主的に行い、会社は全く関与することなく入学した者が当然に学校の指示により会社に赴いて作業に従事しており、卒業後も会社で働くかどうかは生徒の自由で、会社は卒業後に始めて従業員として正規の採用手続をとつておること、学校が生徒にこのような作業に従事させているのは、働きながら実習をさせ、これによつて印刷技術者養成という学習の目的を達するためであつて、作業もこの目的を達するよう編成実施されていること、従つて前記のようにその出勤退社、作業成績などはすべて学校において記録管理せられており、実習として勤労した結果に対して支払われる手当も、会社から直接生徒に支払われるのでなくして、会社は学校の報告に基き生徒各人別に計算して学校に支払い、学校からこれを生徒に支払つていること、及び従来も学校をやめた者は当然実習をもやめていること、また申請人の主張するように生徒の入学に際して校長が生徒または会社を代理して、生徒と会社との間に雇用契約を結んだ事実を認めるべき何等の疎明もないことなどを併せて考えると、会社が生徒を雇入れて労働させているのではなく、むしろ学校が主体となつて会社と契約して、いわゆる働かせながら学ばせるために、生徒もその管理のもとに会社で働かせ、その勤労の結果としての手当をうけて生徒に交付するとともに、学校の教科の一部として実習させているものであり、会社は学校の委託によりその施設を供して学校の実習課程に協力し、右実習の内容として生徒を就労させその労働力を得るとともに技術の指導に当つているものと認みるのが相当である。即ち、かような関係は専ら会社と学校との間の契約に基くものであつて、生徒が直接会社に雇用せられているからではなく、生徒としての身分を有することによつて、始めて会社でその実習として働くことができる関係にあるものと解さなければならない。前記のような一見会社の従業員と類似する待遇ないし取扱いは、すべて生徒の就労状態に応じた便宜上の措置というべきであつて、雇用関係に由来するものとは認められない。

以上のように生徒と会社との間に雇用関係が存在しない以上、被申請人会社に対し、解雇の効力停止を求める本件申請の理由のないことは明かである。

三、退学処分の当否

(一)  被申請人法人は、本件申請は被申請人法人の設置した印刷工芸高等学校々長のなした退学処分の効力を争うものであるに拘らず学校法人を当事者としたことは不適法であると主張するので、先ずこの点について考える。

生徒が、私立学校に入学する際、学校との間に締結する契約は、生徒は学校の指導に服してその教育をうけ、所定の授業料を納付する等の義務を負うとともに学校は生徒に対し、その施設を供し、その雇用する教員に所定の課程を教授させる義務を負うものであるから、学校が学校法人の場合は、この権利義務を有する契約の当事者は、学校長ではなくして、学校を設置管理する学校法人であるというべきである。そして学校法人から生徒の教育を委ねられた学校長が、生徒に対し学則に基く正当な退学処分を行つたときは、これによつて当該生徒と学校法人との間の就学契約も当然効力を失うものと解すべきであるから、本件申請も結局校長のなした退学処分の効果を争うことによつて、学校法人との間の就学契約が有効に存続し、申請人がなお生徒としての地位を有することを主張するものと解せられるので、右契約の当事者である被申請人法人を相手方としたことは正当であり、何ら不適法の点はない。

(二)  そこで進んで本件退学処分の当否について考える。

疎明によれば印刷工芸高等学校の学則第十三条には、

生徒にして左の各号の一に該当する者に対しては、学校長は退学せしむることあるべし。

一 無届欠席三ケ月以上に及ぶもの

二 操行修まらず成業の見込なきもの

と規定されていることが認められる。被申請人は、申請人は右条項の第二号に該当するから、これを退学に処したことは正当であると主張し、これに対し、申請人は右条項に該当しないから退学処分は無効であると主張する。

思うに、生徒が右学則第十三条第二号にいう「操行修らず成業の見込なきもの」というような条項に当るとして、校長がこれを退学処分にするかどうかは、それ自体生徒の人格ないし行状に対する学校長の教育上の価値評価によるべきものであつて、結局は校長がその教育上の理想ないし教育者としての専門的知識によつて、処分を受ける者の平素の行状、その行状が他の学生に与える影響その他諸般の事情を考慮して判定するよりほかない事柄であり、一般私企業における懲戒の場合のように、客観的にその当否を審査することは、困難であるばかりでなく、教育というものの性質上妥当ではない。また学校は教育の立場から特に不当な方針でない限り、その学校の教育目的にふさわしい教育方針を立てて生徒を教育することはもとより許さるべきことであつて、生徒としてもその学校に入学して自らの教育を学校に依頼した以上、学校の教育方針に従つて教育を受け、右のような純教育上の判断に属する事柄については、原則として校長の判定を尊重することを予め承認したものといわねばならない。従つて申請人に本件学則に定められた退学事由があるかないかの判断は、一応校長に委せられているものと解すべく、この点についての校長の判定は尊重すべきものといわねばならない。

ただ校長の判定の権限といえども、権利濫用の法理に基く制約を免れ得ないことはもちろんであつて、たとえば、社会通念上何人も首肯し得ないような著しく不当又は偏頗な判断を下し、若しくはことさらに他の不当な意図によつて退学処分を行うなど、校長がその権限を濫用して明かに学則に違背する処分を行つたと一般に認められるときは、校長のなし得べき権限を超えたものであつて、退学処分は効力を生じないものと解すべきである。よつて右の見地から、次に本件退学処分の当否について考えて見よう。

疎明によれば、つぎのような事実が認められる。

申請人は十五歳で学校に入学し、当初は成績優秀で教師からも嘱望せられていたが、二年生になつた頃から思想問題、ことに政治問題に深く興味をもつようになり、その方面の読書に没頭し、学外の思想団体とも関係して、これに出入するようになつて、次第に学業に対する熱意を欠くようになつた。従つて夜の自習時間中も、余り学校の勉強をせず学科外の本を読みふけることが多く、また夜遅くまで外出することが多くなり、寮の定めである夜の点呼にも出席しないことがしばしばであつた。その結果、申請人の成績は次第に悪くなり、一年のときは約三十名の同期生中十番以内であつたのに、二年では二十数番というように著しく低下した。

他面学校の教育の理想は、かねて「穏健中正な工業人を作る」にあつて、特に生徒がいずれも若年で思想的にも未成熟であることに鑑み、学校の教育方針として、思想の研究は自由であるが、政治活動その他実際運動を行わぬよう生徒に指示し、機会あるごとにこの方針を生徒に伝え、これに従うよう要請してきた。ところが申請人が右のように政治活動に心を向け、学業を軽んずる傾向が次第に顕著になつてきたので、校長始め担任教師、寮舎監等はしばしば申請人に注意を与え、政治活動に注意を向けず、学業に専念するよう訓戒し、昭和二十五年十二月には申請人の父兄に対しその旨書面を送り、更に昭和二十六年四月及五月の二回にわたり、父兄を招いて注意する等、種々手段を尽したが、申請人は教師及父兄の再三の注意を全く無視して、少しもその態度を改めず却つて教室、寮等においても教師に対し、冷笑的反抗的な態度を示すようになり、しかも政治活動を盛に行い、成績はすこしも善い方に向わなかつた。即ち、その間申請人は昭和二十六年四月地方選挙の際、共産党候補者安本滋の選挙運動に参加し、休日を利用して終日トラツクに乗つて連呼し、ビラを配るなど、積極的な選挙活動を行つた。更にその後平和擁護日本委員会の平和署名運動に参加し、多数の署名を集めて右運動の推進に努力し、同年七月十五日には東大の平和祭において平和の戦士として表彰せられるに至つた。そのほか、申請人は平素から、会社内に於て自らの属する文京詩人集団のパンフレツトを配るなどして思想の宣伝につとめていた。

学校は、右のように、全く学校の意図に逆行する申請人の行動を見て、申請人に対しては学校の教育方針に従つて学業に従事することをもはや期待できないものと考えるようになり、これを放置することが、他の生徒や学校の教育全般に及ぼす影響をも考え、憂慮していたが、前記の申請人の選挙運動、平和運動を知つていよいよその処置に迫られ、遂に八月十五日職員会議を開いて、全職員の一致した意見で、申請人に対するこれ以上の指導訓育は不可能であると断ずるに至り、学則第十三条第二号にいう「成業の見込なきもの」として申請人を退学処分に付することを決定し、同日校長の名で、申請人に対しその旨通告した。

以上の事実が認められる。そして右の事実によれば、申請人が再三の注意にも拘らず、学校のかねて堅持する教育方針を全く無視した行動をとり、ために、校長としては、学校の教育上の理想に沿うて申請人の人格を陶冶することをもはや不可能と断念し、学校の秩序維持の点をもあわせ考えて、申請人の退学を決意するに至つた経緯が明かであつて、右のような学校の教育上の立場からすれば、申請人を、学則にいう「操行修らず成業の見込なきもの」に当るものと判断したことは、一応もつともであつて、これを著しく不当又は偏頗な判断とは認め難い。またその判断は専ら学校の教育上の見地からなされたものと認むべきであつて、他の不当な意図の下になされた処分とは認め難い。

申請人は本件退学処分は会社の指示により、申請人の組合活動を理由としてなされたものであると主張し、疎明によれば申請人が在学中被申請人会社の従業員組合の職場委員等として熱心に組合活動を行い、昭和二十六年八月十二日の組合大会に於ても積極的な発言をした事実が認められる。しかしながら、学校としては、かねて右のような申請人の組合活動を、申請人がとかく実際運動に熱中することの一事例として好ましく思つていなかつたことは認められるが、前記のように退学処分の理由は、申請人が生徒として学校の教育方針を無視した点にあるものと認むべきであつて、申請人の組合活動自体が、処分の決定的動機となつたものとは認められない。また特に会社が学校に対し申請人の退学を要求したような事実も認められない。

申請人は更に学校が生徒の正当な政治活動を禁止すること自体、生徒の基本的人権を侵すものであつて許されないと主張する。たしかに平和署名運動、選挙運動等の行為は、それ自体としては何ら不当な行為ではなく、一般に国民の権利として保障せられる政治活動であることは申請人の主張するとおりである。しかしさきにも述べたように、教育者が教育者としての立場からその学校の教育にふさわしい教育方針を立て、生徒を教育することは、それが特に不当な教育方針でない限り、もとより許さるべきことであつて、学校に入学するものは、その学校の教育方針に従つて教育を受けることを了承したものと認むべきであるから、学校の教育方針に従い、学校の指示指導に服すべく、その限りで校外の行動についても何らかの制限をうけることは、やむを得ないところである。そしてこの学校は高等学校で生徒も成年に達するものは稀であり、一般に心身の発育期であるから、思想的にも未成熟かつ動揺し易い時期にあること、更にこの学校が印刷技術者養成という特殊な職業教育を目的とし、前記のような長時間の実習が行われるため、生徒の勉学の時間的余裕が頗る乏しいことなどの諸点をあわせ考えると、学校が健全な人間を育成し、生徒に十分な勉学をさせるために、前記のように、在学中は思想の研究は自由であるが、現実に政治活動を行うことを許さないとの教育方針をとつたとしても、これをあながち不当ということはできない。よつてこの点に関する申請人の主張も理由がない。

申請人は、その学業成績も未だ最悪という程ではなく、青年の純真な情熱に駆られる余り、自らの生徒たる地位の自覚を失つたものとも考えられ、その行動には同情すべき余地なしとしないが、学校における教育の秩序維持の責務を負う校長の立場からすれば、学校の方針に反抗してやまない申請人を遂に放置し得なくなつたことは、まことにやむを得ないところというほかはなく、少くともこれを目して権限を濫用して不当に処分したものとはいい難い。

以上のようであるから、本件退学処分は前記学則に違背しない正当な処分であり、これによつて申請人は当然生徒たるの地位を失つたものというべきである。従つて、申請人が生徒たる地位を保有することを前提とする学校に対する本件申請は、他の点について判断するまでもなく理由がない。

四、すでに生徒たる地位を保有しない以上は、会社において他の生徒と同一に働くことのできないことは前に説明したとおりであるから、申請人の会社に対する予備的申請もまた採用することができない。

五、よつて申請人の本件申請はすべて却下することとし、申請費用は敗訴の当事者である申請人に負担させることとして、主文のとおり決定した。

(裁判官 千種達夫 立岡安正 田辺公二)

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